Appointment for Rose

Nov 2, 2019

土曜は普通に営業します。けど、日月はアポイント制、させてください。
正直、めちゃくちゃ悩みました。三連休なんですよ。
そしてほんまに真剣に、真剣に考えて気づいたんです。
包み隠さず全て話します。

休みたい。
そこに関して何の嘘もないです。

めぐみー!めぐみー!!

#163 FUMIYA HIRANO bespoke オーダー会

Oct 30, 2019

11月16日(土曜)〜17日(日曜)に開催予定です。
取り急ぎ。

Day 9 : NAPOLI

Oct 22, 2019

未明のフィレンツェの街を駆ける。
宿が現金オンリーで、昨晩にATM行くのをすっかり忘れてた。

ナポリ行きの列車には間に合ったものの、止めどなく汗は流るゝドナウ川。

イタリアを南下する事、3時間。久々のナポリだ。
まずは徒にも画にもピッツァから。ミケーレのマルゲリータで腹を満たせば、そこから200m先にあるバールのエスプレッソで締める。これぞナポリだ。

その後には、ナポリの生地屋カチョッポリに立ち寄り、テクテク歩いてパンツ職人さんの元へ。この前に、ナポリを歩いた初夏は蒸し暑く、体力の消耗が激しかったけど、今回は爽やかな風にそよがれて、ナポリの喧騒さえも清々しい。

と思いきや、突如として雰囲気が変わるのがナポリ。以前は、キアイア通りにほど近いところにあったアトリエが移転したその先は、世界でも悪名高いスペイン地区(実際歩くとまるで平和なんだけど、街のその見た目がね)。
移転前に比べると、そのアトリエの内外の差は半端ないんだけど、いつもの職人たちの顔ぶれと、そのナポリクオリティ(良いとは言ってない)は変わっておらず、ホッとした。

その後、アトリエを出てトレドの方に戻る途中、若い日本人男子二人組とすれ違った。きっと修行でもしてるのかな。頑張ってね、と心の中でつぶやく。
いや、中野お前が頑張れ、とか、わかってるから言わないで。


次に向かうはロンバルディ。これがこの旅最後のアポイント。
今年の2月にロンバルディ爺が亡くなった。お悔やみの言葉を息子シモーネに伝える、まぁ、うまく言えなかったけど汗。

シモーネの代になり、去年から伊勢丹や三越でのトランクショーが決まり、彼らとの協定で、白シャツが一枚10万円を超える価格となった。商売としてはうまく行っているそうので、全然オッケー。嬉しい限りだ。
ただ、アンスナムとしては、ない。一応、自分の中での物差しがある。それにそぐわないものは止める、もしくは別の道を考える。
ここに来たのはその後者の道を探すためだ。ロンバルディ爺なき今、これはそのタイミングだったのかもしれない。

そして僕は日本から持参した型紙を広げた。近々、MANNASに新しいアイテムが誕生する、かもしれない。

帰りがけに、以前取り寄せてもらったトーマスメイソンの生地見本帖とそのボックスを手渡された。その重さ13kg。それをタクシーに乗るでもなく、担いで駅まで歩き、ローカル電車に乗る。ダク汗溢るゝユーフラテス。
この姿は完全に、アジア系スラム街出身の使いっ走りの少年。地元のクソガキ共がこちらを見ては、ほくそ笑む。
ファッキンジャップくらいわかるよバカ野郎。日本に帰ればシロガネーゼだこの野郎。
と言った。心の中で。

夕方6時。中央駅に預けてたスーツケースにそのボックスをブチ込む。
そして、列車が出る10分前に、バーガーキングでワッパーを詰め込む。
が、あまりにまずくて、半分残す。
ミラノまで5時間半の長旅は、ワッパーの胃もたれと共に。

この日の移動は日本で言うところの、京都から福岡、そして福岡から東京に行く、そんな感じ。
夜の車窓に映る自分の顔。その疲労感。
旅は終わった。

Day 8 : PRATO and FIRENZE

Oct 15, 2019

リクエストがあったので、飛行機の中で書いてて、途中だったものを再構成して上げます。
あのさ読んでくれるのは嬉しいけどさ、店にも来てよね。買ってよね。


10月8日は、未だ暗闇の早朝5:05。トスカーナ州プラートを目指し、始発の列車に乗り込んだ。(早朝の行動がたやすいのは、いつまでも時差ボケが治らないこの軟弱体質を、逆手に利用していたから。)

隣のシートに女子高生(多分)が座る。
送りに来たお父さんが窓の外から手を振る。
娘、無視。
お父さんと僕、目が合う。
目を逸らす。
依然、お父さんは手を振っている。
娘、無視。
そして列車は出発する。
依然、お父さんは手を振っている。

なんという悲哀。


目的地プラートに着いたのは10:30。5時間半の長旅だった。
列車が遅れ、乗り換えのタイミングもズレて、ズレてズレて。
45分遅れだと?お前、列車をナメてんのか?そう言わざるを得ないズラ。
何のために早起きして始発に乗ったと思ってるズラ。
しかも、しれっとプラットホーム18番に入りやがって、危うく乗れないとこだった。
プラートはフィレンツェ近郊の小さな町。その駅前から出る1時間に1本しかない希少なバスに飛び乗りて、デッドストックの生地を揃える問屋へ行く。
最寄りのバス停から徒歩20分。
TS氏との次のアイデアのためのリサーチも兼ねてるんだけど、今の所、その世界はまだ広すぎて生地を選びきれない。
そして、僕は途方に暮れる。


夕方になり、急いでフィレンツェに向かう。
一年以上寝かしてしまったアイデアを、今一度掘り起こし、再開をするためだ。
まあ、そんな企画はゴロゴロあるのだけれども(汗)
そして夜は、フィレンツェ在住の職人さん達との夕食。
こんなにも楽しく、心安らぎ、かつ、発奮できる機会というのは、そう稀である。
朽ちる手前の焼けた脂の香ばしさ、口の中いっぱいにビステッカを。それをトスカーナのワインで流し込みたまう。
ベッドに入ったのは10月9日午前2時。そして、午前6時の列車に乗る。

Day 7 : CIVITANOVA MARCHE

Oct 10, 2019

日曜は基本、どの職人さんたちも休みなので、この時ばかりはどうしようもなく、僕も休む予定にしてた。けどほら、ヴェネツィア行っちゃったじゃん。それでめちゃ疲れちゃったわけ(笑)

でも後悔は、ない。初めて行ったヴェネツィアはもう、それはそれは素敵でさ。水上都市ってなんだよって感じで。リアルなディズニーシーだなって(行った事ないけど)。人間ってすごいなって。久しぶりに世界旅行の楽しさを感じたわけです。意外と俺もまだスレてないな、と少しばかりの安心も。

ヴェネツィア=ビエンナーレは、2個くらいシビれたけど、もういいかな(笑)

夕方の列車で5時間かけてチヴィタノーヴァ=マルケに着いて、疲れを癒すべくフラッと入ったバールで地元のおっさん達に絡まれて、飲まされて。全然癒されず。
そんな感じで新しい1週間が始まり、朝一から靴工場さんに行く。もちろん二日酔い。



タレクがいるのになぜ靴を作るのか? いい質問です。
服にしても靴にしても、なんでもそうなんですが、フルハンド、フルスペックがモノとして至高なのか。上がりとは何か。最強と最高とは何か。
小さい花や大きい花。もともと特別なOnly oneだよ。



そんなわけで今、イタリアの、ここの職人さんだからこその質感のブーツ作ってます。
完成は多分、うまく行って、年明け。うまく行かなかったら、さらっとこのブログ消す。




せっかく海の街に来たので、その後に海岸線をお散歩し、波打ち際で一人、キャッキャしました。似合わないから普段は着ないのに、この時のためにボーダーTシャツ買った。

多分、すごくいい絵になってたと思う。あの時の俺は、ジーン=セバーグを超えてたと思う。

Day 5&6 : PARIS, VENEZIA, and CIVITANOVA MARCHE

Oct 8, 2019

ちょっと疲れた。

Day 4 : LYON and PARIS

Oct 5, 2019

今朝も例によって携帯がなりまくる。が、この日はそれらを全てスルー。なぜか、なぜなら目を開けたそこにはスーツケースがあるからだ。どう文章で説明したらいいのだろう。

手っ取り早く、描いてみた。
昨夜遅く、ミラノチェントラーレ駅からの寝台列車に乗って、隣の国フランスのリヨンを目指した。一部屋6人の3段ベット。その狭さたるや、インドの寝台車よりも狭い。同乗者の一人のサラリーマンは初心者だったようで、ファーストクラスに移動できないかと、車掌さんに懇願してた(が、満席で移動できず)。
問題はスーツケースで、置き場もなく、仕方もなく、上図の枕元の手荷物置き場に。
その時の僕は、夕食時の白ワインで泥酔してたし、この状況も少なからず想定してたので、さっさと横になって、意識を閉じた。
携帯が鳴るということは朝の4時。けれど、スーツケースとの距離、わずか10cm。携帯を見るスペースもなければ、寝返りを打つスペースもまた、ない。悪いが全てスルー。
耳をすませば、どうやら外は雨のよう。さっきからずっと列車は止まっているようで、多分、国境にいて入国審査をしているのだろう。

うつらうつらしていると、今度は同室のおじさんの喉に痰が絡み始めた。(そして、その呼吸とともに声が出ちゃうあの現象はなんだろう。志村けんのあの感じの)
眠れない。駅に着くまでの間、その横の席の咳に辟易した。

寝台列車から乗り換え、リヨンに向かった次の列車は、まるでウェス=アンダーソンの映画のセットみたいな雰囲気で、朝霧の車窓によく合った。
さっきまでの地獄が嘘のよう。
リヨンでは、サクッと仕事を終えて、市場で生牡蠣に舌鼓を打ち上げた。最高。

すぐさまTGVに乗り込み、パリを目指すは、ジェットならぬレイルセッターデザイナーNAKANO。

パリに着き、ようやくシャワーを浴びて、TS氏とのミーティング兼会食の準備をする。私たちの間に、今夜、何が起こるか分からないからね、そう、念入りに、洗うの。
TS氏の昔馴染みのシェフが独立して作ったそのレストラン、それはそれは美味しくて。仕事の話が一向に進まない。どんだけ。二人して一口ごとに感嘆のうめき声。舌鼓の連打。セイヤッセイヤッ
しかし、どうしてこう、話が進まないんだろう(笑)

Day 3 : COMO and MILANO

Oct 4, 2019

二日間を予定していたレザーの見本市を3時間で切り上げたゆえ、今日という日をどう過ごすか。
日本にいるなら迷わずに、映画館に行き、封切りされる「ジョーカー」と「ジョン=ウィック3」をハシゴし、帰りがけに焼き鳥屋で一杯、それが至高だろうに。
がしかしここはイタリアで。しかもわざわざ金を払ってここに来ている。仕事をせねば。

そして朝8時。(起きたのは例によって4時で、今朝も色々な仕事の問い合わせをこなした。やり手のジェットセッターデザイナーと言っていい)
久しぶりに、コモのBonfantiに行こうかしらん。
すかさずメールすると、寝起きの社長が律儀にもソッコーで返信をくれて、即決定。

思えば、初めてコモに行ってから、いつの間にやら3年が過ぎている。
あの頃と変わらない気持ちを、コンセプトを持ってして、今もこうしてここにいられるのだから、それは本当に感謝しかないyo。
そしてあの時、コモに向かう列車の中での、LINEのやり取りだったり、感情だったりを、今でも明確に覚えているのだから、余程に印象的だったと言っていい。
でも、待ち合わせた駅がその時と違ってることに、着いてから気づくほどには、色々忘れたのかもしれない(笑)焦ったわ。

で、Bonfanti。控えめに言って、かなり良かった。やっぱ、メールの写真じゃわかんないんだもん。だから全然追加のオーダーしてなかったの。あと、謎に転がってた反物がめちゃくちゃ良くて、これをどうしてくれようか。福井に持って行って、加工入れて軽いコートに仕立てるか。素材の良さを活かして、今度やる新しいレディースブランドのドレスワンピースにするか。リヨンに持って行ってプリントのせるか。悩む、悩ましい、それがまた楽しい、イヤン。



その割に、あっちゅーまに仕事は終わり、昼過ぎにミラノに戻った僕は一人、呆然と佇む。やる事が、ない。
あ「そうだ、プラダに行こう」
プラダ財団ことFondazione PRADAがそれ。


めちゃくちゃ良かった。プラダ最高。いつか僕もあの三角マーク付いてるのやつ、買います。
建築から、キュレーションされた作品まで、素敵過ぎた。パリのLVグループのやつが目立ってるけど、全然こっちの方が好きかも。




しかしながら、PVCビニールも、ナイロンバッグも、おそるべし。
明日もまた、シャワー浴びれない。

Day 2 : MILANO

Oct 3, 2019

朝4時。携帯が鳴りまくる。
日本からの連絡で、仕事を残した分と比例して、その数は多くて参る。
夜が明ける前、朝6時に出発。

ミラノに着いたのは正午過ぎ。
荷物を預けてすぐにレザーの見本市に向かう。
巨大。
世界って広いな。大きいな。
日本のそれとは比にもならないくらいで、参加数もものすごい。そんな中、ズバ抜けた才能や技術、クオリティを持つタンナーを探すなんて、無理。ヤスくんそんなん無理。

けどね、見つけちゃうんだよね、俺。
きらびやかなブースがほとんどなのに、隅でこっそり地味にやってるお爺ちゃん。フランスから来たその人は、ラムだけ。加工も控えめ。聞いたらほら、取引先もとんでもなかったり。

で、終了。3時間弱で会場をあとにする。

ホテルに戻って、シャワーを浴びる。46時間ぶり。そりゃ泡も立たない。



Day 1:AMSTERDAM

最初に訪れたのはアムステルダム。
18年前のバッグパッカー時代に訪れて以来。
あの当時、気がつけば1週間があっという間に過ぎており、お金も使い込んでしまったのに、何の身にもならず、無駄な時間を過ごした。
今回は、滞在時間が18時間と限られていた事もあるけど、
NO グラス、NO ゴッホ、NO レンブラント、そして、NO ショーウィンドウ。アムスの観光の醍醐味たちを総スルー。

けどね、アムス、めっちゃ楽しかった。ここまで会話が前に進まないとは(笑)。
結局この夜、その人の、今日に至るその生い立ちさえも、最後まで聞けなかった。
近いうちは無理かもだけど、きっといつの日か、一緒に仕事ができたら嬉しい。
そんな人と出会いました。とさ。

そして、時差ボケと飲み過ぎで。吐瀉。

こういうところは、18年前とあまり変わらない。