#90 その人 ANSNAM MODELIST Mods Coat

Dec 2, 2017

なかなかに面倒臭い男だった。
ここでちょっと時間をさかのぼる。2016年7月の初夏、それは気持ちのいい日和だった。

面白そうな人がいる、という薄い情報から糸を辿り、巡り会うこととなった、そんなパリの夕暮れ黄昏時のランデヴー。
彼は日本人。フランスパリでモデリスト、いわゆるパタンナーとして、とあるメゾンにて型紙を起こしている。本物のプロフェッショナルと云う類の人だった。(のだが実際は、就労時間の半分以上も、携帯をいじくり倒し、そのメゾンの悪口や、くだらない話をSNSで飛ばし合うという、サイテーさを兼ね備えているのだが、この時はまだ知らない)

そんな彼とコンタクトを取った次第は、「もし僕がデザイン画を渡さずに、ばっくりとしたイメージだけで、しかも遠距離の、密なミーティングができない状況。つまり、僕が目を閉じたままこの球をぶん投げたら、その人は如何にキャッチして如何に投げ返すんでしょうかゲーム」をやりたかったから。

まずはその人となりを知ろうと、パリの街角おしゃれカフェでのランデヴー。緊張が走る。
いろんな国を旅してきたけど、在パリの日本人というのは、そのほとんどが、なかなかにいけ好かない。あいつら、気取ってやがんの。マルシェとかでのすれ違いざまの態度が「アタクシはパリ在住よ。トートバッグにバケットが刺さってるのが見えないの?信号待ちで一口つまんじゃうくらいよ。一緒にしないで。あ〜もう、日本人観光客は街の景観を損ねるからヤだわ〜」とスカしている。
で、この人はどうか。やっぱ一緒(笑)期待通りの来たわ。彼は僕の器を推し量る。「自分の貴重な時間を費やす価値があるのか、この男には…?」と、過剰なくらいの個人主義的なフランスらしい、そういう目がそう言っている。
がしかし、こちとらそんなのお見通し。僕は自分が狭量なことくらい知っている、高校の時の自己分析適正テストで心に刻まれてるわ、と、むしろ開き直りの据わった気持ちで話すつもりだったのだが…、ほらここマレ地区のさ、街角のカフェでさ、地元民とさ、食事前に一杯飲んでる自分がカッコ良すぎてさ、そこらの日本人観光客と一線を画したこの状況に、火照りが止まないボンジュール。

そんな対面を経て、僕たちのやり取りはスタートした。依頼方法はただ一言。「モッズコート」、アイテム指定、それだけ。イメージやデッザンもない。たわいのない会話の中で、彼のセンスというか、物の捉え方とか感じ方に信頼を持てたからそんな頼み方が出来た、とも言える。

たった一度の仮縫いを経て、型紙を受け取る。通常では入れないダーツ。尋常ではない蹴回し(裾幅)。鎌底の浅いセットインスリーブ構造、緩やかにそり立つフード。構築的でいながらそれを感じさせず、且つ繊細な前身頃に対して、全体のシルエットはビンテージのマントコートを思わすような迫力。ウエストポイント位置もモダンでいながら軽率感がない。古着の研究も怠らない姿が目に浮かぶ。ふむ、コヤツ、なかなかやるな。

さて、ここからやっと僕の出番。デザイナー、ついに立ち上がる。生地決めて、ディテール決めて、付属品を付ける。意外性のある型紙には、意外性を持って返答せねばなるまい。
パリという洗練された街で磨かれたそのパターン技術に対して、それを覆うかのごとくに荒っぽいものを投じることにした。生地は先述の通り。そして付属には、アメリカから取り寄せたドットボタン。千葉氏私物のビンテージミリタリーの平紐。さらには、もう15年以上の付き合いのある付属屋さんと、仕事サボって助平な話をしている時に、倉庫の奥底から見つけた1950年代製造のSCOVILL社のゴツいファスナー。
これらパーツそれぞれが、その生地で仕立ったシルエットとお互いに、共鳴し合って高い位置に上り詰めることが出来たと言っていい。
 上記のテキストをこの人に事前チェックしてもらったんだけど、どうも奥様の検閲に引っかかったらしい。どこがダメなのか、まだこの時間、フランスは未明なので、寝ていらっしゃるだろうから、箇所は聞いていない。
けど、いいやね。アップしちゃお。