「ところで、デニムって、どういう織り方なんですか?」
彼の第一声だ。
この生地を作ろうと、話を持ち掛けた時の職人さんの第一声だ。
2013年5月、薫風の季。
大量生産するが為にライン化され、発展してきたその製造は、あまりに規定が多く、規格に縛られ、規模も大きい。新しい何か、まだ見ぬものを作るには、とかく規制が多すぎた。
いくら拘りを詰めても、詰めても、見た目が結局普通のデニムになってしまう。何度か試作をした。けれど、失敗、というか悪くないけど、気分が乗らない。こんなならリーバイスでいいし。
で、放置を決めた。
それから幾年か過ぎ、2013年。古い友人である長田から、ラオス土産だ、と手紡ぎの泥染糸を貰った。多分、いや絶対に手を抜かれたこの土産は、ひと束1ドルしない。長年に渡って、大事に培われた友情。プライスレスな二人の信頼関係は、その金額には反映されていないようだった。
がしかし、それがこのデニム作り再考のきっかけと成る。
冒頭に登場した職人さんに渡し、早速に試し織る。すると、紡ぎのムラが多すぎて、所々が弱く、糸切れを起こしてしまった。が、ツラは良い。
結局、このネタはボツになるのだが、しっかりと紡がれた糸に置き換えたらどうなるだろうかと。しかも泥染じゃなくて、同じような原理で染まったインディゴロープ染色なら?
日本国産の手紡ぎ糸、クオリティは高い。青森で紡いでもらってる。「ひよっこ」の豊子、めちゃ良かった。めんこい。
これなら織機に乗る。そしてもちろん力強い、のだけれども、一つの糸の個性なので、生地になった時、深みがもう少し足らない。いや、十分よ、そうなんだけれど、何と言うかこれは、安定感、ぬくもり、ホームメイド感。ウチ、そうゆーんちゃうやん。
不確定で、異なる要素をはらむことで、気持ちのバランスを揺らがせる。衝突のエネルギーをデザインに昇華する、的な。そんな攻めのブランド、アンスナム。
で、追加投入に選んだのは、ガラ紡糸。それをロープ染色したインディゴ(この染めロットが問題で、しばらく生産できなかったの。それが解決されたの)。
このガラ紡糸と、本藍染した青森手紡ぎ糸を、一本づつ交互に配置し、経糸にした。緯は撚度を上げた綿糸を用いて、綿100%のデニムながら伸縮性をもたせた。そして、経糸に負担が掛からないよう、生地端のセルビッチ列には特別な絹紡糸を。7ミリの幅で。これは強度のバランスを取る為だ。ポリエステルでは硬すぎるし、綿糸では負けてしまう。
これを、超スローに織って行く。
一日中、手作業で付きっきり。例によって、古い織機。遅いの。普段はフランスの某C社のツイードを織っている工場だ。そりゃあ、デニムの織り組織を知る由もなかったろう。
織り上がった生地は、細長い畳の部屋で巻く。なぜか手で。
その後、「ひよっこ」の優子ちゃんが出身の、秋田県に生地が送られる。そこで浴槽に浸けながら強縮させる。手で。
こんなにも様々な手をかけられて、最後は福井県へ。大事に大事に作られた生地。ふんわり風合い抜群。のそれを、一気に、消す。
タンパク質コーティングだ。
そもそも、このデニムの制作コンセプトは、中国雲南省ミャオ族の民族衣装だ。アンスナム発足時に出会った、テキスタイルデザイナーの新井さんに見せてもらった、その衣装が根幹となっている。
その衣装で使われる素材。本藍染された生地に、牛の血と卵白を混ぜて塗り、棍棒で叩く。そうして本藍に重なるように、独特の光沢と張りを出していた。その美しさたるや。
それがベースだから、買ったよね。牛の血。上野の韓国食材のお店で手に入れた。でもね、無理よ。さすがに。そこまで出来ない、アンスナム、そこまで攻めきれない。
と、いうわけで、最終的に、いつもなんでもやってくれる福井の加工屋さんにお願いして、プロテインの粉を溶いたやつをコーティングしてもらったわけ。(実は、牛の血も頼んでみたんだけんど、ソッコーで断られるよね。そうですよね、お父さん)
そして、やっとデニム生地完成。以前は、ミャオ族と同じように製品完成後、ハンマーで叩き、生地をフラットにし、ダマになった糸を破裂させ、芯の白を出したりした。が、当時いたマンションの鉄骨は、その打音をビル全体に響かせ、住民たちをとんでもなく怒らせた。そしてさらに、一度洗濯すると、その加工の効果は跡形もなく消えた。だもんで、そこはもうスキップ。
縫製前に、絹紡糸のセルビッチを半分に折り、コバステッチを入れて細くする。
それから一枚一枚、埼玉で、それぞれのオーダーに合わせて、裁断し、縫製が始まる。
結局、このデニムに於いて、名産地、岡山での工程が一つもなくなった。
傍流に他ならない。そして、そもそも、これはデニムなのだろうかという話。
兎にも角にも、乙女寮とのお別れが、こんなにもつらいだなんて。
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