沢木耕太郎著「深夜特急」でも登場するバックパッカーや南アジア向けの安宿が密集している雑居ビル。
そして、王家衛監督作品「天使の涙」(1995年)の撮影でも使われ、その宿の主人は同作品にも出演。この監督のファンならここは聖地と言っていい。眼に映る街の景色は、クリストファードイルの魚眼レンズのスローモーション。頭の中ではMASSIVE ATTACKの「Karmacoma」が流れる。
今回の香港はそこに泊まった。
1997年7月、香港返還。
香港マフィアのアジトだった九龍城が解体され、行き場を失った彼らはここに移り住んだ。その後、中国経済人民元の流入、金融危機、世界情勢の変化など様々な外的要素を含みながら、多国籍の人種のるつぼと化し、犯罪の温床になった。
今現在はインド、パキスタン、イラン、トルコ人などが幅を利かせ、地上階はスパイスの香りが充満し、ここが香港だということを忘れるほどだ。
建物の入り口では、何をするでもなく暇そうにタムロしている彼らに睨みつけられ、中に入る。両替商、食堂エリアを通り、エロ本屋などが軒を連ねる小便臭い道を抜け、A~E座まであるエレベーターを探して昇った。
15階の宿に到着し、部屋を開けると、前日までの宿泊客の残り香が。かぐわしい。
弥敦道を挟んだ斜向かいにはペニンシュラ。それをこの眼に焼き付けて、きしむベッドで目を閉じる。そこに見えるは五つ星。