#12 MANNAS ネクタイ

Jan 6, 2017

ナポリ東海岸、倉庫街の中にあるシャツ工房を出たのが午後1時。
時は今から半年前の初夏。
陽射しはキツく、重い。
基本、移動にタクシーは使わないけれど、辺りに何も公共の交通機関がなく、時間も差し迫っていた。倉庫街の端にある食堂で、シャツ職人のおじいさんオススメのカルツォーネを詰め込み、外に出ると、丁度呼んだタクシーが到着。
次の行き先はナポリ市街マップから外れた郊外のネクタイ工場。
ナビなんぞ搭載しているわけもないタクシーの運転手は、住所を見て、即座に「Si!」。絶対、知らない。
手当たり次第に道を尋ね出した。犬の散歩してるお婆ちゃん、カフェでぼーっとしてるおじさん、カフェのおばちゃん、子供(聞くな)。
午後1時半。ジャストに門扉を叩いた。日本では遅刻、納期遅れがデフォルトなのに、海外行くと無理なスケジューリングでも、なぜか時間に遅れたことがない。不思議だ、我ながら。


 ドアを開くと社長自ら迎えてくれた。紹介してくれたジャケット工場の社長と、さっきのシャツ工房のおじいちゃんのお陰様。ネクタイ社長もこれまたいい感じのおじいちゃん。伊ナポリのサンタクロースって感じ。サンタクローチェか。違うか。

以下、やり取りは大阪の某ブログ風に。お元気にしてるだろうか。

社長「よく来た」
中野「宜しくお願いします」
社長「わざわざ来てもらって悪いけど、ジャポネーゼとは直接やり取り出来ないんだよ」
中野「何それ」
社長「大人の事情。みなまで聞くな」
中野「あぁ、それね」
社長「ごめんね」
中野「この前もパンツ屋さんでそんな事言われたよ。名前隠すから一緒に作りません?」
社長「お、あの人ともやってるのか。ならいいよ。あ、けど、顔写真もダメだよ」
中野「(頼んでないよ)」
社長「ん?」
中野「何でもない」
社「あ〜あと、この辺の現行の生地は全部使えないからね」
中「え、何でよ」
社「大人の事情」
中「チッ」
社「ん?」
中「何でもない。っていうかタバコ吸いすぎじゃないですか?そもそもイタリアって屋内禁煙でしょう?」
社「へへ」
なか「あのさ、社長の後ろのその棚にある生地は何?」
しゃ「ああ、これは俺が保管してるビンテージのやつ。1960年位のから集めてるんだ。いつか自分用に作ろうと思って大事にしてるのよ」
なか「へぇ。見してみ」
しゃ「え、い、いいけど。。。」
なか「いいじゃん、なかなか。これ、使わせてよ」
しゃ「やだよ」
なか「お願い」
しゃ「そもそもネクタイ2本取れるかどうかだよ」
なか「むしろ丁度いい。他には?
しゃ「倉庫にもあるよ」

そんなわけで話がまとまった。


そして社長の息子が現れ、生地を一緒に探してくれることになった。

ただでさえ蒸し暑い初夏のナポリ。工場の中に冷房は搭載されていない。もちろん、倉庫にも。汗を流しながら埃を払いながら、私たち二人は、社長のコレクションの山を掻き分け選り分け、いい生地を探した。社長は涼しげに煙草を燻らす。

一通り生地を集め終えたところで、息子がペットボトルの水を差し出してくれた。全身汗ビッショリ埃まみれの私達には、いつしか戦友のような連帯感が。
中野「お〜、ありがとう!」
息子「おう、まあ飲めよ」
中野「!?」
中野「ぬっる!!てかお湯!!」
ここ、冷蔵庫も搭載されたなかった。



生地の厚みに依って、セッテピエゲ(7つ折り)かクワトロピエゲ(4つ折り)の製法に振り分けられた。もちろんフルハンドメイド、というより機械ではこの柔らかさが出せないから、ハンドメイドが当然と言っていい。
また、クワトロピエゲも、工場の隅に置いてあった古いネクタイサンプルの製法を取り入れてもらった特別なもの。
セッテピエゲに使用された生地はスカーフのそれにほぼ近い。つまりネクタイの起源に限りなく近い。少しきつめに締めれば生地のドレープがその風合いを味わえる。
生地の柄は、現在のスマートな感じとは違う、どことなく漂う堅さ。懐かしさ。煙草の香り。ここの社長のような。




その後、息子は汗で濡れたシャツのまま、営業に行った。
帰り、社長は100M先の曲がり角で見えなくなるまで、手を振り、私を見送ってくれた。
このシーンはなかなか泣けた。



ナポリに帰るための近郊列車は、まさかの帰宅ラッシュで押し詰まり、西に傾いた日差しは、さらに車内温度を上げた。もちろん冷房は搭載されていない。
暑苦しい顔のナポリ人達と、汗ばんで濡れた肌を触れ舐め合わせながら、熱い吐息を混ぜ交わす。
何かに目覚めたあの日の夕陽を、僕は忘れない。



今年も宜しくお願いします。